中島ちあきは、1980年9月6日東京生まれの17歳です。
すぐ上の姉の影響もあって早くから音楽にひかれ、ピアノ・クラリネット・ギタ−のレッスンを受け、最近はさらにドラム、ベ−スへと興味を持ち始めています。生でマルチプレイをする中島ちあきに出会える日もきっと近いことでしょう。
17歳という年齢が16でも18でもない不思議な響きを持ち、特殊な時であることを中島ちあきに会う人達はすぐに、確かに感じています。それだけでも素敵な存在、まさにポップスそのものなのです。
オ−ディションに現れた中島ちあきは、迷うことなくカ−ペンタ−ズの曲を選んでいます。
それはまさに『青春の輝き』でした。機会があれば、中島ちあきの歌うカ−ペンタ−ズを是非聴いて欲しいものだと思います。
1970-1975に世界中にブ−ムを起こし、1990年代に不死鳥のように復活したカ−ペンタ−ズはA&M激R−ドの文字通
りの『ス−パ−スタ−』でありました。そしてスタ−というだけでなく、それは時代の救いでもありました。
1998年現在、過剰な音の洪水の中でともするとポップスという概念が、そして1970年代以後創り続けてこられた“日本のポップス”という世界観が、壊れかかっていることに多くの人が残念なことに未だ気付いていません。大切なことを忘れているということであります。
カ−ペンタ−ズがかつてそして今、求められたスタ−となっていく時代はまさにアメリカがベトナム戦争に象徴された政治の、そして疲労感が極みに達した社会状況のまっただ中でした。ポップスがロックの前に圧倒的に壊れかかっていたその時だったのです。
正しいもの、強いもの、あるいは正しそうなもの、強そうなものがあるからこそカウンタ−という現象が起こりえます。そういう意味では音楽はもちろんカウンタ−・カルチャ−であります。1990年代の日本のあらゆるシ−ンが際限なくぐらぐらし始めていることをやっと今、気付き始めています。
17歳の女の子=中島ちあき、シンプルにナチュラルに本能的に求め感じとろうとしているポップスがここにあります。それはひとつの思いがけない“中心”になろうとしているのです。近未来のひとつの救いになろうとしているのです。
1970年代日本に登場した、ユ−ミン、山下達郎、大滝詠一、YMO以前のティン・パン・アレイも含めたポップス・クリエイタ−のそしてそのリスペクトも、結果
気付かぬうちに引き受けてしまう運命も含めて、中島ちあきが今、「歌」い始めました。
このデビュ−にあたって出そろったスタッフを見るとポップスへの確信犯的な意図が読めるようです。プロデュ−ス&ソングライティング&アレンジ安部泰宏[恭弘]。(鈴木雅之、稲垣潤一等のヒットポップスを作曲する一方、自らもシンガ−、ポップスクリエイタ−としても活躍中)アレンジャ−に森俊之。(最近に限っても山崎まさよし、スガシカオ、岡本真夜等のアレンジを担当)EXプロデュ−サ−に牧村憲一(ポリスタ−にてフリッパ−ズ・ギタ−、エル・ア−ル、スパイラル・ライフなどを担当。かつて竹内まりや、大貫妙子のプロデュ−スを手掛けている。)などが参加しております。ただ「歌」のためにです。「歌」を忘れかけている今の音楽シ−ンへの返答として、そして“日本のポップス”の再構築のためと言ったら言い過ぎでしょうか?
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